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独りよがりで良いじゃない

偏屈王の話

昨年の母の日からブログの更新が止まっていた。何に失礼って父にであろう。父の日はどうした。

昨年は妹と折半してちょっと良いワインを贈りました。今年は父の好きなロータスビスケットを使ってチョコブラウニーを焼きました。どちらも喜んでもらえて何よりです。

 

私は比較的、というかかなり、むしろめちゃくちゃ、父親と仲の良い娘だと思う。

幼稚園児の私を英会話教室に通わせるよう提案したのは父であったし、小学生6年間続けた進研ゼミの進捗確認も父がしてくれていた。

中学生の頃、人間関係で上手くいっていなかった私は父に「馬鹿ばかりが良い目を見る世界だ、辛い」と言った旨の愚痴を零した。(当時の私は今より捻くれており、周囲を馬鹿にする卑しさがあった。猛省。) それに対し父は、「お前が頑張り続ければ、馬鹿は自然淘汰されていくから大丈夫だ」と咎めることなく同じ視点に立った言葉をくれた。

努力しても馬鹿を見るだけだと自暴自棄になりそうだった私に、頑張り続ける力をくれた言葉だ。事実、高校も大学も第一志望に合格し、学びたいことを学んで大切な友人と出会えたのだから父の言葉は本当だったのだろう。

 

思えば昔から、父のアドバイスは親としての模範的なそれとはかけ離れている。

 

小学校の授業で原爆について学んだ日の夜、「飛行機の音がするたびにミサイルなんじゃないかと怖くて眠れない」と怯える私に、「光は音より速い。本当にミサイルだったら音が聞こえる頃にはお前は死んでるから心配するな」と教えてくれた。ミサイルより我が家の教育方針が心配だ。しかしこれは前にも何処かの記事で書いた話なので、もう一つ。

 

同じく小学生時代の話。浴衣を着て友人と夏祭りに行くとこになった私に、母が「変質者に気をつけなさいよ」と声をかけた。当時の私はロリコンなどというものを知る由もなく、「こんな子供に声かける人なんていないよ」と笑い飛ばした。すると父は真顔で、「いや、お前じゃもう遅いって奴もいるんだ。気をつけろ」と言ってきた。怖すぎる。もはや警告ではなく脅しである。

しかし怖いが故に効果はてきめんだった。私は友人と離れることも、だらだら夜を更すこともなく祭りを楽しんで帰宅した。

 

父を讃えるためにこの記事を書いているはずなのだが、これでは逆効果ではなかろうか。

しかし、私のような父親譲りの捻くれ者には100人中100人が思いつくような教科書通りのアドバイスより、父の言葉の方がずっと心に響くし記憶に残るのだ。