withme

独りよがりで良いじゃない

すみっコぐらし

狭いところが好きだ。

小さい頃から隙間や密室に安心感を覚える性質だった。妹と喧嘩して親に叱られた時、二段ベッドの下の隙間に隠れて半日過ごしたことがあった。意地になって出ていかなかった訳ではなく、単にそこにいると落ち着いたからそこで過ごし、気がついたら半日経っていたのだ。私を発見した父親は叱ることも忘れて驚いていた、というか引いていた。

友達のマンションや団地に遊びに行くとエレベーターに興奮していた。エレベーターのみならず、ああいった複合住宅の構造は狭いスペースや隙間が多いため、私にとっては理想郷だった。かくれんぼをすると上手く隠れすぎて見つけてもらえず、鬼が怒りだすこともしばしばあった。

今ではあまり見かけないが、マクドナルドのプレイランドも大好きだった。一見すると大きな遊具だが、内部には小部屋のようなスペースがいくつもある。滑り台よりボルダリングより、その小さなスペースで身を屈めている方が楽しかった。

しかし、何故自分がここまで狭いところを好むのかは分からない。スマートフォンで「狭いところ」と検索すると「狭いところ 怖い」が真っ先に検索候補に上がった。狭いところは苦手な人の方がマジョリティらしい。

更に、「狭いところ 好き」で検索するとほとんどの検索結果が猫についてだった。吾輩は猫であるのだろうか。

挙句の果てに、狭いところが好きな人についての記事を読むと「精神的に追い詰められた状態にある可能性があります」と書かれていた。そうだとしたら私はもう10何年精神を追い詰められているのだ。精神すみっコぐらしではないか。

 ただ、自分が極端に寂しがり屋だということは自覚がある。つまり、傍に何かある環境に安堵しているのだろう。

 

しかし寂しいときに傍にいるのが人ではなく壁でも良いとは、なんとも寂しい話だ。