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独りよがりで良いじゃない

夢で逢えたら

駿河なる宇津の山べのうつつにも夢にも人に逢はぬなりけり

伊勢物語』第9段『東下り』に登場する和歌だ。

京都から東国に旅する在原業平が、京都にいる恋人を思って詠んだものであり、「私は駿河にある宇津の山辺にいるが、現実でも夢でもあなたに会わないなあ」という意味だ。

だからなんだ、故郷に恋人を置いて旅に出たのも、恋人が現れない夢を見てるのも自分だろ、と思われるかもしれない。しかし、当時の人々は夢に対して私たちとは異なる考え方を持っていたのだ。

彼らは、夢にある人が現れるのは「自分がその人を思っているから」ではなく「その人が自分を思っているから」だと考えていた。思いが強すぎて相手の夢の中に逢いに行っちゃう、という訳だ。

図々しいが憎めない考え方だと思う。

好きな人と楽しく過ごす夢を見て、目を覚ました時の失望感を思い出して欲しい。そんな時に、相手が自分を強く思っていたから夢で逢えたのだと思えば、朝の憂鬱も幾分晴れるだろう。

さらに、自分が相手のことを強く思い続ければ、相手の夢に現れることが出来るかもしれないのだ。自分の知らないところで相手の意識に自分が現れる、と言うのは嬉しいものだ。

なんともおめでたい頭、幸せな勘違い。だけど生きるのがちょっと楽しくなる考え方だ。